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  • 執筆者の写真Manabu

クラゲは光る生き物?

生物発光の研究のレジェンドといえば2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士です。

その功績は、オワンクラゲから緑色蛍光タンパク質GFPを発見したことです。


しかし、下村博士の本当の目的は、オワンクラゲ の発光タンパク質を解明することで蛍光を示すGFPの発見は副産物でした。GFPの発見と応用があまりにも革命的で、そればかり取り上げられるので、下村博士自身も講演や著書ではGFPの話よりも、発光タンパク質の方を強調されていました。それでも世の中にはGFPの話で溢れているので、ここでは、発光タンパク質についてちょっと話したいと思います。


動画 オワンクラゲは白色光の下では一見普通のクラゲだが、紫外線(ブラックライト)が当てられると、傘の淵にある蛍光タンパク質により緑色の蛍光を発する。暗闇で刺激すると、紫外線の照射なしに、このような緑色の生物発光が見られる。



ホタルやウミホタルは、発光するために、ルシフェリンとルシフェラーゼを反応させています。それぞれ、熱水と冷水を用いて別々に抽出できるので、それらを試験管の中で混ぜることで発光反応が再現できます。当時(1960年頃)は、これが常識でした。


しかし、若かりし頃の下村博士はどうやっても、ルシフェリンとルシフェラーゼを抽出できませんでした。そこで徐々に、下村博士はルシフェリンールシフェラーゼ反応ではない仕組みを使ってクラゲは発光しているのかもしれないと思うようになります。

アメリカに来て初めてのポスドク、その上司、ジョンソン博士はルシフェリンとルシフェラーゼがあると信じていました。

「どれだけ頑張ってもルシフェリンとルシフェラーゼが取れないから、別のアプローチをしてみよう」

と言う下村博士に対して、ジョンソン博士は、自分の考え(当時としては常識)を変えようとせず、徐々に雰囲気は悪くなって行きました。


そんな中、下村博士は発光はカルシウムによって制御されていることを見出し、オワンクラゲAequorea victorica のフォトプロテインイクオリンを発見します。


イクオリンが特別な点は、発光反応を引き起こすのにタンパク質とカルシウムだけで十分であり、ルシフェリンも酸素も必要ではなかったことです。それまで、生物発光はルシフェリン(有機化学低分子)、ルシフェラーゼ(酵素タンパク質)、酸素が反応することで起きると言うのが常識でした。ですので、オワンクラゲ のイクオリンは全く新しい発光様式により発光する仕組みを持っていました。


カルシウムは発光するために必要な発光体(色素のような構造)を持たないので、発光タンパク質の中に発光体があると考えられます。下村博士は、イクオリンを発見した後、さらにイクオリンの中にある発光体の正体を調べました。その結果、驚くべきことに、イクオリンの発光体の化学構造が、日本の名古屋大学平田義正研究室で行っていた、ウミホタルのルシフェリンの構造に非常に似ていることがわかりました。


ちょうど、その頃、刺胞動物のウミシイタケのルシフェリンが解明されつつあり、それが、ホタルイカのルシフェリンの前駆体と同じ物質であることがわかりました。そして、これらの物質の構造と、イクオリンの発光体の構造が非常によく似ていました。


イクオリンの発光にウミシイタケのルシフェリンが関与していることを確かめるために、下村博士はある大胆な実験を行いました。イクオリンは、カルシウムと反応し発光した後、光らなくなってしまいます。これは、イクオリンタンパク質の中にある発光体が消費されるからだと下村博士は考えました。そこで、これにウミシイタケのルシフェリンを加えることで、イクオリンを再生できないかを試してみました。結果は、見事、イクオリンは再生し、カルシウムを添加することで、再び発光しました。


ウミシイタケのルシフェリンは、オワンクラゲの発光体でもあるため、これらの動物群の名前である腔腸動物(Coelenterata セレンテラータ)からセレンテラジンCoelenterazineと名付けられました。

(注:腔腸動物は現在では有効でなくなり、刺胞動物(クラゲ・イソギンチャクなど)と有櫛動物(クシクラゲ)に分けられています。)



セレンテラジンは誰が作っている?


セレンテラジンはその後、魚や原生生物、甲殻類など9つの門で見つかり、また、発光しない動物からも見つかりました。特に、内臓(腸や肝臓)でよく見つかることもあり、セレンテラジンは食物連鎖により、様々な生物に分配されるのだと考えられるようになりました。


セレンテラジンはこれらの生物、全てが自前で作っているのでしょうか?


モントレー湾水族館ではオワンクラゲを飼育していますが、飼育個体は光らなくなることがわかりました。さらに、光らなくなった個体にセレンテラジンを与えることで発光能力が回復することも実証しました(Haddock et al. 2001)。また、深海のエビGnathaphausia ingensは、刺激されると発光液を大量に放出するのですが、一度発光した後で、水槽内で静置しても発光能が回復しないことから、セレンテラジンを作れないのではないかと言う報告(Frank et al. 1984)もあり、多くの生物は餌に含まれるセレンテラジンに依存して生物発光をしているのではないかと言う考えが広まっていきます。


図 深海のエビGnathaphausia ingens




では誰がセレンテラジンを合成しているのでしょうか?


ある深海のエビSystellaspis debilisの卵を手に入れた研究者は、それを孵化させて、成長する過程でセレンテラジン量が増加していくことを報告しました(Thomson et al. 1995)。

その後、深海のカイアシ類Metridia pacificaがセレンテラジンを合成できることが証明されました。この研究では、さらに、セレンテラジンがチロシンとフェニルアラニンから合成されることも、同位体ラベルしたアミノ酸を取り込ませることで見事に証明しています(Oba et al. 2009)。


エビとカイアシ類は同じ甲殻類ではありますが、非常に遠縁な関係にあり、これら二つの離れたグループが全く同一の分子を合成しているのはとても不思議だと思います。この謎はセレンテラジンの生合成経路を明らかにして、比較することで、解明できるかもしれません。

セレンテラジンの生合成経路を明らかにするためには、セレンテラジンを合成する生物を使って研究したいところですが、深海棲のエビやカイアシを入手して飼育することは困難であり、これらの壁を越える工夫が待たれます。




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