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  • 執筆者の写真Manabu

太古の海の光る森~深海棲花虫綱の生物発光の進化~

更新日:2020年12月8日



刺胞動物門の発光の進化について書いた記事から1ヶ月以上経ってしまい、次回予告詐欺をしてしまいました。すみません。

前記事の内容は、今回発表された論文のネタ振りだったので、アクセプトを貰ってから書いたのですが、publishになるまでなぜかそこから6週間かかってしまいました。

そして、ついに件の論文がMarine Biologyにオープンになりました。

名古屋大学からのプレスリリースはこちらから(日本語です)。

MBARIからのリリースはこちら(英語です)。

また、MBARIの広報(social media担当)がSNS向けに動画を作ってくれて、これがとてもかっこいいので是非観て欲しいです。YouTubeからも視聴できます。



今回の論文は、刺胞動物門のうち、花虫綱の発光の進化を議論したものです。

花虫綱にはおよそ7500種おり、約半分が造礁サンゴ(ハードコーラル)やイソギンチャクを含む六放サンゴ亜綱、もう半分が宝石サンゴやウミトサカ・ウミエラなどを含む八放サンゴ亜綱の二つに大別されています。

ミドリイシなど、綺麗な蛍光を持っており、「水族館でみるサンゴは緑や赤に光ってるよねー」と思いがちですが、それはUV(紫外線)やブルーライトの励起光が必要な蛍光で、生物発光ではないです。ちなみに、研究者がよく使うDsRedという赤色の蛍光タンパク質はイソギンチャクモドキ Discosoma sp. から発見された(Matz et al. Nat Biotech 1999)そうで、生命科学のイメージングツールとして大活躍しているそうです。

蛍光タンパク質(FP)はオワンクラゲAequorea aequoreのGFPもDsRedも同じタンパク質ファミリーに属していて、脊索動物門からもFPが見つかっていることから、その進化的起源はかなり古いと考えられています(Shagin et al. Mol Biol Evol 2004)。


話を発光に戻します。


花虫綱の発光については、ウミシイタケRenilla reniformis (八放サンゴ亜綱ウミエラ目)以外では発光種の報告以外の研究、特に生化学的な研究はほとんどありませんでした。特筆すべき論文としてはComierら(1973)のいくつかの八放サンゴ亜綱ウミエラ目からセレンテラジンが見つかったというもの。また、小江ら(2012, 特許 JP2012110283-A/34)によりウミサボテン(ウミエラ目)からルシフェラーゼがクローニングされており、それがウミシイタケのルシフェラーゼと相同なタンパク質だということがわかっていました。しかし、これら2種以外のルシフェラーゼに関しては全くわかっていませんでした。


今回の私たちの研究から、少なくとも八放サンゴ亜綱の発光種は共通の発光メカニズムで光っていることが示唆されました。すなわち、八放サンゴ亜綱の共通祖先で発光形質を獲得した可能性が高いことがわかりました。そして、深海には発光する花虫類が多く生息しています。


4億年前の太古の海に八放サンゴがつくるサンゴの森に入り込んだとしましょう。そこでは、触れると光る森のような世界だったかもしれません。深海には現在でもそのような環境が残っています。

ロマンチックな世界が広がってると思いませんか?


詳しい研究内容はプレスリリースや論文を読んでいただくとして、このブログではプレスリリースには載せてない小話などを書いて見ます。



花虫綱における意外な発光の進化!?


先月に、Twitterでこの系統樹を見せて、followerさんに発光が何回進化したかを予想してもらいました。

系統樹上の枝先に青印がついているのが発光種を含むグループです。




Twitterのアンケート機能を使って、フォロワーさんの予想を集計した結果がこちらになります。






みなさん、3回もしくは8回と答えており、この二択で全体の90%弱になります。

意見が分かれましたが、みなさんはどちらだと思いますか?それとも、他の選択肢の1回or15回?


ネタバレを既に上でしているので、すぐに答えを言いますが、今回の研究では、意外にも1回だけ起きたと考えられるような実験結果が得られました。


系統樹は、八放サンゴ亜綱のもので、現時点で信頼できる系統関係です。(最近の分子系統解析では、ウミエラ目はウミトサカ目の一系統である可能性がたかそうです。)

花虫類の世界は分類系統があまり進んでいないそうです。柔らかい組織は固定する際に原型を留めないほど収縮してしまい、色も褪せてしまうので形態的な差を見出すことが難しく、また、普通種同定や系統推定に使われるようなCOIや18Sといった遺伝子の進化速度が遅く、系統推定をするのが難しいそうです。

なので、この系統樹も、多分岐の樹形が多くなってしまっています。


ある形質の進化を推定するのに、最も有力な情報は種の系統関係です。なので、花虫類のような系統関係が不明瞭な分類群では、発光の進化が何回起きたかというのを推定するのはとても難しい問題でした。


そこで、私は、生化学的手法により、発光の分子メカニズムを調べることで、離れた系統で見つかる生物発光が共通祖先に由来するものなのか、独立に獲得されたものなのかを解明しようと試みました。

(1)発光花虫類がルシフェリン-ルシフェラーゼ反応により光るかを調べ、調べた全ての花虫類がセレンテラジンをルシフェリンとして使うことを明らかにした。

(2)ウェスタンブロットという抗体を使った免疫反応を利用して、八放サンゴのルシフェラーゼがウミシイタケルシフェラーゼ抗体と反応することを見出した。

以上から、八放サンゴは全て共通の分子メカニズムで発光する(同一のルシフェリンと、騒動なタンパク質)ことが示唆されました。

すなわち、八放サンゴの共通祖先はすでに発光しており、現存の発光サンゴは、太古からルシフェラーゼ遺伝子を受け継いでいることになります。


この仮説が正しければ、次の二つの疑問が新たに出てくるのではないでしょうか。

一つは、多くの系統が光らないが、どうしてそんなに発光能力を失ってしまったのか?

そして、もう一つは、調べられていないだけで、実はもっと多くの発光サンゴがいるのでは?


後者の疑問は検証の価値が大いにあると思います。実際に、今回の調査では、これまで発光種が報告されていなかった科や目からも新しく発光種が4種も見つかりました。

今後、研究者が「こいつ実は光るんじゃね?」という心構えを持って研究してくださると、発光サンゴがどんどん見つかるかもしれないですね。


最近の別の研究では、海底には20-40%の割合で発光生物がいると報告されました(Martini et al., Sci Rep 2019)。花虫類の発光種が増えれば、この数字がさらに増えるかもしれませんね。


平行進化の可能性ももちろんあります。

ホタルとコメツキムシでは発光メカニズムが平行進化していました(Fallon 筆者et al., eLife, 2018)。

それを明らかにするためには、ゲノム比較やルシフェラーゼの機能解析が必要になってくるでしょうが、まあ、それはこれからの研究課題ということになると思います。

共同研究してくれる人大歓迎ですので、ご連絡お待ちしてます。


新しいイメージングツールとしての可能性は?

あると思います。

ホタルルシフェラーゼは早くに解明され、広く応用されていますが、しばらく後になりますが、ヒカリコメツキ のルシフェラーゼ(エメラルドルシフェラーゼ ELuc)の有用性が見出されています。

種の系統が離れているということは、それだけ、ルシフェラーゼの特性を変える変異も溜まっているということです。

目レベルで異なる生物の酵素の特性もまたそれだけ異なっています。

今回調べた中でも、発光強度に、至適pHや、1価・2価のイオンに対する感受性がルシフェラーゼにより固有の傾向を示すことがわかりました。

例えば、ウミテングタケHeteropolypusはめちゃくちゃ明るい(高輝度)ですし、PennatulaはCaイオン選択的な感受性を示しました。

個々のルシフェラーゼの特徴をさらに詳細に解析していくことで、新しいイメージングツールの開発につながると思います。

共同研究してくれる人大歓迎ですので、ご連絡お待ちしてます。


花虫綱の発光が何に使われるかは謎・・・

光り方や発光色も種によって異なっており、きっとそれぞれ何らかの生態学的役割があると思います。

ただし、現時点では、どれも証拠不十分な仮説の段階です。

目を持たず、移動することもできない花虫類がなぜ光るのか、少なくとも、この光は他の動物に向けたシグナルだということは間違いなさそうです。

海底では花虫類は地上での植物のような立場です。3次元的に複雑な局所的な地形を提供することで、いろいろな生き物が集まってきます。

アマゾンの木のようなもので、生物多様性を支えているんですね。

なので、発光はきっと重要な役割を持っているはずですので、光のシグナルがうまく伝えられないと、いろいろと困ったことになりそうです。


海底資源の開発も生物発光に配慮した対応が必要

地上を開発し尽くした人類は、今、海底資源に注目しています。

無責任な掘削により舞い上がった泥は海中の光の透過を遮っていくことでしょう。そのような環境では、せっかく光った花虫類の光は、本来の相手に届くこと無く消えてゆくことでしょう。

そうなると、生態系にどのような影響が出るかわかりません。


森がなくなればそこに住む動物たちも消えてしまいます。

深海の海底にもサンゴの庭と言われるような、とても小さなアマゾンのような場所があります。

そこで、あるサンゴが発光シグナルをうまく相手に伝えられずに死んでしまったとしましょう。そうするとそのサンゴを拠り所にしていた多くの生き物も姿を消してしまうかもしれません。


裏話・小話

今回、モントレー湾の深海海底を調査する機会があり、とりあえずカメラに映った花虫類を手当たり次第に刺激し、光るかどうかを試しました。それを可能にしたのが、超高感度カメラを搭載したROVです。このカメラを担当したMBARIのエンジニアBenが言うには「このカメラはラスベガスのカジノでも使われているんだ。」と自慢げに話していました。つまり、カジノのような薄暗い環境でも、イカサマ師の動きを追えるほど、解像度がよく、高感度、ハイスピードでの撮影ができる優れものだそうです。SONY製!日本の製品が海を超えて愛されているというのは嬉しいですよね。(ただ、仕様書の英語がわかりにくいとのご指摘もいただきました。)


*ROV:Remotely Operated Vehicle 遠隔操作型の深海探査機。MBARIのWestern Flyer号には専用のROV Doc Rickettsが搭載されている。

生き物を船に上げてからも、私たちは暗室で発光のテストをします。その時には、感度抜群の私の肉眼の他にも、感度が超抜群のSONY a7s IIを使います。

ISOを高くしてもノイズが少なく、とても高感度で綺麗に撮れるんです。

SONYさんa7 IIIシリーズからsensitivity に特化した “s” も出してください。よろしくお願いします。


ROVのアームを使ってデリケートな八放サンゴを掴むのですが、アナログなテクニックがあります。

金属の手では脆い八放サンゴ(一部はソフトコーラルとも呼ばれます)を押しつぶしてしまうので、優しくつかむために、なんと、アームの先の手の部分にスポンジをつけて”やさしく”つかむんです。スポンジボブは深海まで分布を拡大してますよ。


論文の査読者から

This is one of the most interesting papers I have read in a while.

という褒め言葉をいただきました。

普通、査読者のコメントは、あれを直せ、こういう実験が足りない。など、辛口のコメントが多く、当の論文の著者たちを悩ませるものです。

今回は、2人の査読者のどちらも、とても好意的に論文を読んでくれて、上のような極上の褒め言葉までいただきました。専門誌向けに書いたディスクリプティブな内容の論文だったのですが、そう言っていただけるととてもハッピーになりますね。


さらに、編集者Editor からも面白いと高評価をもらい、Highlighted articleに選ばれ、Editorialまで書いて頂きました。


これからも生物発光に関する面白い研究を続けて行くので、楽しみにしていてください。

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