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  • 執筆者の写真Manabu

クシクラゲはセレンテラジンを生合成できる

遅ればせながらあけましておめでとうございます。旧正月が明けてしまいました。

年末にブログをあげようと書いていた原稿が、子供に抹消されました。

もう3歳半になり、いろんなことができるようになってきます。

バックアップまで綺麗に消されました。


2020年のことになりますが、12月にクシクラゲの論文が出ました。

この論文では、生物発光の分野において、最大の謎とであるセレンテラジンの生合成経路を解明するためのブレイクスルーにつながる点で評価されてCell系列のオープンアクセス誌iScienceに掲載されました。(Bessho-Uehara et al. 2020)


・深海の生物発光の鍵分子 セレンテラジン

発光反応はルシフェリンとルシフェラーゼによる酵素反応によって生み出されます。多くの生物は発光能力を独立に進化させたため、ルシフェリン分子やルシフェラーゼ遺伝子の構造は全く異なるものだと考えられます。ところが、海洋生物とくに深海生物の多くは、セレンテラジンという全く同じ構造のルシフェリンを使って光っています(Markova and Vysotski 2015)。単細胞生物の放散虫から魚類、最近は海綿動物(Martini et al. 2020)と、10の門にまたがるおよそ20の動物のグループがセレンテラジンを使う発光を進化させました。セレンテラジンの発光は収斂進化の最たる例と言えるでしょう。

 セレンテラジンは海洋生物にとってはありふれた化合物ですが、イミダゾピラジノン骨格を持ち有機化学の分野としてはユニークな構造をもちます。これを持つ天然化合物としてはウミホタルルシフェリンと、それに硫酸基などが付加した誘導体などが知られている限りです。このようなユニークな物質が、どうして多様な生物の中に存在しているのでしょうか。



・Can Coelenterates make coelenterazine?

セレンテラジンは元々、オワンクラゲの発光タンパク質イクオリンの発光体として部分構造が見つかり、その後、ウミシイタケのルシフェリンであることがわかりました。そこで、クラゲとウミシイタケをまとめたグループのルシフェリンとして腔腸動物CoelenterataからCoelenterazineと名づけられました。(腔腸動物という分類名は現在では使われていません)


ところが、オワンクラゲは実はセレンテラジンを自力で合成することはできなかったのです。


水族館でセレンテラジンを含まない餌が与えられたオワンクラゲは徐々に発光能力を失っていくことが飼育実験から明らかになりました。そこに、セレンテラジンを含む餌を与えると再び光るようになります。このことから、オワンクラゲはセレンテラジンを餌から獲得していると考えられています(Haddock et al. 2001)。また、光らない生物の消化管や内臓などからもセレンテラジンが検出されることから、現在では、食物連鎖をとおしてセレンテラジンは海洋生物の多くに分配されていると考えられています。

 日本でもこんなエピソードもあるようです。クラゲ水族館こと、山形県の加茂水族館ではオワンクラゲが光らなくなることを疑問に思っていました。それを下村博士に相談したところ、セレンテラジンを与えると良いとアドバイスを受け、発光する様子を観察できるようになったという話があります。



・誰が、セレンテラジンを作っているのか?

今回の論文では、クシクラゲがセレンテラジンを生合成できるのではないかと仮説を立てて研究を行いました。

 クシクラゲは、有櫛動物門に属し、およそ190種いるうちのほとんどが発光します。フウセンクラゲ科は例外的に発光しないと言われています(Haddock and Case 1995)。ですので、有櫛動物門の共通祖先で既に生物発光が進化していたことになります。

門レベルでの特徴ということで、おそらくカンブリア紀ごろ(5億年前?)から光っていたかもしれません。他に門単位ですべて発光する動物群はいません。ということは、クシクラゲは最古の発光生物であった可能性もあります。すなわち、セレンテラジンを最初に作りだした生物なのかもしれません。このロマンあふれる仮説をもとに研究を始めました。


海で捕獲したクシクラゲの一種ウリクラゲBeroe cucumisを暗室で観察すると、とても美しい発光が見えました。



早速、この個体からセレンテラジンの抽出を試みました。セレンテラジンと特異的に反応するウミシイタケのルシフェラーゼを、クシクラゲの抽出物と反応させ発光をみることでセレンテラジンの検出を行います。混合液は青色に発光し、つまり、ウリクラゲはセレンテラジンを持つことが示唆されました。

 ところで酵素反応は、基質の選択性が高いが、似ている化合物も代謝してしまいます。たとえば、アルコールデヒドロゲナーゼ(お酒のアルコールを分解する酵素)は、エタノールを酢酸に変換して無毒化する酵素ですが、エタノールより炭素が1つ少ないメタノールも代謝してしまい、結果としてホルムアルデヒドという有害物質を作ってしまい、最終的に失明を引き起こしてしまいます。ですので、酵素反応が起ったことは、セレンテラジンの存在の完全な証明にはなりません。より厳密にセレンテラジンの存在を調べるために、さらに、質量分析により、精密な分子量を測定することで、セレンテラジンであることを確かめました。クシクラゲがセレンテラジンを持つことを、質量分析を用いてきちんと検証した研究はこれが初めてになります。一連の実験を、他のクシクラゲでも試したところ、カブトクラゲ類でもセレンテラジンを持つことが確かめられました。ちなみに、発光しないテマリクラゲ(フウセンクラゲ科)はセレンテラジンを持っていませんでした。


フウセンクラゲ Pleurobrachia bachei 有櫛動物門ではめずらしく発光しない種。反射により櫛板が虹色に光って見えるが、これは生物発光ではない。


・生合成研究に着手

続いて、クシクラゲがセレンテラジンの生合成能力を持つことを検証するために、同位体取り込み実験を行いました。セレンテラジンは1分子のフェニルアラニンと2分子のチロシンの3つのアミノ酸から作られると考えられます。同位体を含むこれらのアミノ酸をクシクラゲに与える実験を行いました。セレンテラジンが生合成されるなら、同位体が取り込まれたセレンテラジンができるはずです。同位体を含む化合物と含まない化合物では質量が異なるため、質量分析法により区別して検出することができます。ところが、同位体を含むアミノ酸を体内に注射したり、飼育している水に入れたりといろいろな実験をためしたのですが、同位体を含むセレンテラジンは検出されませんでした。ちなみに、この過程で、クシクラゲの腸管に注射する技術を会得しました。これができる人は、世界で僕だけかもしれませんが、今後役に立つことはないでしょう。


・水族館がもたらしたブレイクスルー

実験がうまくいかず、悶々としているある日、モントレー湾水族館のバックヤードに招待してもらいました。モントレー湾水族館は、MBARIの姉妹機関で、世界でも有数の大きな水族館です。そして、クラゲやクシクラゲの飼育展示にも力を入れています。バックヤードには、展示している何倍もの数のクラゲ・クシクラゲが飼育されており、また、まだ展示されていない深海から採ってきたクラゲの飼育に挑戦されていました。今後、試行錯誤を重ね安定して飼育できるようになれば、深海のクラゲやクシクラゲが水族館で展示されるようになるかもしれません。

 バックヤードには、クラゲたちだけでなく、当然、その餌も大量に育てられていました。高さ3メートル、幅1メートルほどのタンク3つに植物プランクトンが培養されており、そのとなりには、さらに2つのタンクで動物プランクトン(カイアシ類の一種)が培養されていました。カイアシに植物プランクトンを食べさせて栄養をつけたものをクラゲたちにお腹いっぱい食べさせることが、元気で健康なクラゲを飼育するコツだと言っていました。また、大きなカブトクラゲなどには、小エビやミズクラゲも餌として与えるそうです。その説明を聞き、あることに気づきました。そして、その考えを確かめるために、案内してくれている飼育員のワイアットWyattさんに、「海から捕まえてきた生き物を餌として与えることはしないの?」と聞き、「クラゲたちの餌は全てここで作ってるんだ」という答えをもらいました。餌になる生物が全て水族館で育てられているということは、モントレー湾水族館で飼育されているクシクラゲは、セレンテラジンを餌から取り込む機会がないのではないか?つまり、水族館のクシクラゲがセレンテラジンを持っているとすれば、それは自前で合成したものであるはずです。

 そこで飼育員のワイアットさんに頼み、展示しているクシクラゲのキタカブトクラゲとフウセンクラゲ、さらに餌の生物を分けてもらいました。MBARIまで車で30分かけて戻り、クシクラゲをすぐに暗室に移しました。とりあえず、クシクラゲを突いたりしてみたのですが、発光は観察できませんでした。しかし、落ち込むのはまだ早いです。クシクラゲは、明るいところに置くと発光しなくなります。車で運んでいる時に当たった光で、光らなくなってしまった可能性が考えられます。真っ暗な環境で1時間以上馴らす(これを暗順応と言う)必要があると考えました。待っている間に、カメラのセッティングや、実験のセットアップを行う準備を整えます。暗順応の待ち時間が終わり、カメラ台にキタカブトクラゲが入った水槽を置いたその時


「光った!」


 撫でたり突いたりという刺激をする必要もなく、水槽を台に置くときのコトンというわずかな衝撃に反応して、キタカブトクラゲはその櫛列をビカビカと光らせました。すぐに、抽出操作を行い、セレンテラジンの検出を行いました。酵素反応でも質量分析でもどちらの手法でもはっきりとセレンテラジンが検出されました。一方で、非発光種のフウセンクラゲや、餌生物からはまったく検出されませんでした。


・累代飼育の科学的重要性

 科学者としての勘が的中するととても嬉しく、その日はとっておきのカリフォルニアワインでお祝いしました。ところが、一度冷静になって考えると、論理的な穴も見えてきます。たとえば、これらのキタカブトクラゲは野生で暮らしていた時に餌からセレンテラジンを獲得し蓄積しており、それが、残っていたため、実験ではセレンテラジンが検出された可能性があります。早速、前日の結果をワイアットさんに報告し、ついでにキタカブトクラゲの素性について尋ねます。いただいたキタカブトクラゲは水族館で生まれたものであり、3代目であること、その間、ずっとセレンテラジンを含まない餌を与え続けていたことを確認しました。

 ところで、クシクラゲは卵でも発光することが知られています。その時につかわれるセレンテラジンは、母親が他の栄養と一緒に分け与えたものであると考えられています。つまり、子供第一世代がセレンテラジンを持つからと言って、それは自前で合成したものではなく、母親からのセレンテラジンを持ち続けている可能性が考えられます。では、どれくらいの量が受け渡されるのでしょうか?体長15 cmほどの成体のキタカブトクラゲは30 gほどで、1度の産卵で1000個以上の卵を生みます。仮に、母親が持っているセレンテラジンを"全て"卵に均等に与えたとすると、卵が持っているセレンテラジンは母親の1000分の1になります。母親が仮に10 pmol(ピコモル)のセレンテラジンを持っていたとしても(野外個体のデータでは1-10 pmol程度)、その子供たちは0.01 pmol = 10 fmol(フェムトモル)で検出できないほど少なくなると考えられます。3代目では、さらにその1000分の1になるので、十分に無視できる量だと考えられます。もちろん、母親のしたがって、水族館で育てられた3代目のキタカブトクラゲが発光し、セレンテラジンを持っているという事実は、キタカブトクラゲがセレンテラジンを合成できる能力を持つことを示しています。



・進化発生学のモデル生物としてのクシクラゲ

 話はそれますが、クシクラゲの分類系統は歴史的にずいぶんと謎に包まれていました。初期はクラゲとまとめられ腔腸動物門とされており、その後、有櫛動物門になっても系統的位置は曖昧でした。最近のゲノムレベルでの分子系統解析をもちいた研究から、有櫛動物門は多細胞生物の最も祖先で分岐した可能性が示唆されています(海綿動物が最も祖先で分岐したという説もあり、このあたりはまだ決着がついていない)。したがって、襟鞭毛虫のような単細胞動物から、われわれヒトのような複雑な多細胞生物が、どのように進化してきたのかを知るための手がかりとして、注目されています。とくに体づくりについて知ろうとする研究である発生学の分野においては、カブトクラゲの一種のMnemiopsis leidyi(ムネミオプシス・レイディ)がモデル生物として盛んに研究されています。ゲノム解読もされ、最近ではお尻の穴があることがわかり注目を集めました。うんちをする時にだけ開き普段は閉じているため、これまで気づかれなかったそうです(Presnell et al 2016)。冗談に聞こえますが、実はこれは重要な発見で、私たちが卵から発生する(体が作られる)時、球状の細胞の塊に管が1本開いてその両端が口と肛門になります。この発生のパターンは脊椎動物だけでなくヒトデ・ナマコなどの棘皮動物や昆虫などの節足動物でも共通しているので、クラゲなどの刺胞動物門の祖先と別れたあとで、獲得された(進化した)仕組みだと考えられていました。ところが、多細胞動物の最も祖先で分岐した有櫛動物も口と肛門を繋ぐ管ができることがわかり、これまでの動物の進化の常識が覆る発見だったのです。

 この大発見をした研究者の一人である、マイアミ大学のWilliam Browne博士は、ラボで一人でこのM. leidyiを飼育し続けていました。5年前に深海調査で一緒になったきりだったのですが、クシクラゲを使わせて欲しいと連絡したところ、快く受け入れてくれました。マイアミへの出張は妻も大変乗り気で、一緒に行くことになりました。ビーチを満喫している妻と子供を尻目に、マイアミ大学のブラウン博士を訪ね、クシクラゲを見せてもらい、色々と研究の話を聞かせてもらいました。なんと、彼は15世代も一人でクシクラゲを世話し続けていたのです。1世代が3ヶ月以上かかるので、相当長い間、長期休暇を取っていないことになります。バカンス好きなアメリカ人のイメージが壊れかけましたが、よく考えると、マイアミに住んでいるので、毎日バカンスみたいなものでした。とはいえ、6年以上も3日連続で休んでいないという話を聞き、頭が下がりました。

 マイアミ大学のM. leidyiはワムシとゼブラフィッシュを餌として与えられているので、餌由来のセレンテラジンはなさそうです。暗順応させたM. leidyiを刺激すると、見事に発光する様子を観察することができました。さらに、上記と同様に酵素反応と質量分析を用いて、M. leidyiからセレンテラジンを検出することができました。もちろん、餌からは検出されませんでした。15世代目でも発光能力が保持されていることは、クシクラゲがセレンテラジンの生合成能力を持つことの動かぬ証拠です。


・FYY仮説

今回の研究からクシクラゲがセレンテラジンの生産者であることがわかりました。次の課題は、それがどのような遺伝子(群)によって、どのような中間段階を経て合成されているかを明らかにすることです。これまでにセレンテラジンの生合成経路やそれに関連する遺伝子については、ほとんどわかっていません。唯一のそれらしい候補は、比較トランスクリプトーム解析から推定されたFYYタンパク質です。発光する24種のクシクラゲと発光しない2種のクシクラゲのトランスクリプトームを比較し、セレンテラジンの生合成材料だと考えられるフェニルアラニン-チロシン-チロシンの配列(F-Y-Y)を持つ遺伝子を網羅的に解析しました。その結果、発光種にだけ、F-Y-Yの配列をタンパク質のC末端側に持つ遺伝子が見つかりました(Francis et al 2015)。その遺伝子の機能は不明ですが、セレンテラジン生合成に関わっているのではないかと考えられています。クシクラゲは、進化発生学の分野で新しいモデル生物として利用されつつあります。そこで開発された遺伝学ツールを使うことで、FYY遺伝子をノックアウトもしくはノックインするような実験により、セレンテラジンの生合成経路を研究することができると考えています。




References

Bessho-Uehara et al 2020, iScience

Francis et al 2015, Plos One

Haddock and Case 1995, Biol. Bull.

Haddock et al 2001, Proc. Nat. Acad. Sci.

Markova and Vysotski 2015, Biochemistry (Moscow)

Martini et al 2020, Frontiers Mar. Biol.

Presnell et al 2016, Cur. Biol.

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