ルシフェリンとルシフェラーゼ
これまでに知られている生物発光反応は全て酵素基質反応として理解されています。すなわち、ルシフェリンと呼ばれる有機小分子化合物が、ルシフェラーゼと呼ばれる酵素により発光反応が引き起こされます(Shimomura and Yampolsky 2019 "Bioluminescence")。生物発光はバクテリアから魚類まで50回以上も独立に進化しており(Haddock et al 2010 Ann Rev Mar Sci)、収斂進化の最たる例とも言えます。発光形質をルシフェラーゼという一分子に注目して研究できる点において、収斂進化を一分子の分子進化として捉えることができる点で発光の研究は新科学分野において優れた研究テーマだと言えます。例えば、コウモリと昆虫の翼の収斂進化なら、四肢の発生に関わる様々な発生因子を考える必要があるためその理解はとても難解になります。
ルシフェリンとルシフェラーゼは、生き物ごとに異なる物質です。例えば、バクテリアのルシフェリンは脂肪酸ですが、ホタルではベンゾチアゾールを持つ化合物です(ルシフェリンの構造参照)。生物発光の進化的起源が異なるため、バクテリアとホタルはそれぞれ独自に発光物質を作り上げました。ルシフェラーゼの方も全く違います。
発光能力がどのように進化したかを調べるためには、進化学において強力なツールである分子進化学の領域に問いを落とし込み、特定の遺伝子の進化として捉え直すことが有効です。すなわちルシフェラーゼの進化を分子進化学的に捉えることができれば、発光の進化を理解できるはずなのです。
発光魚類
発光生物は800属以上報告されています。その約4分の1が魚類で、少なくとも13個の系統で自力発光が進化したと考えられていました(Davis et al 2016 Plos One)。しかし、いずれの魚類からもルシフェラーゼ 遺伝子が明らかになったことはありませんでした。これでは魚類の発光の進化を研究することが困難です。そこで、私は手に入りやすいキンメモドキParapriacanthus ransonnetiを使うことで魚類で初めてのルシフェラーゼ遺伝子を特定しようと研究をはじめました。
(浅海性の他の発光魚については過去の記事参照)
下村脩とキンメモドキ
私の大先輩である故下村脩(ノーベル化学賞受賞)博士も名古屋大学で発光生物の研究をしていました。下村博士は、当時、甲殻類のウミホタルが持つルシフェリンの結晶化に取り組んでいました。50年前は質量分析やNMR(磁気共鳴による構造推定機器)などを簡単に使えなかったので、単離した化合物の結晶の性質を分析することでその化合物の特徴を知るというのが一般的な方法でした。多くの努力と一握りの幸運により、下村博士はウミホタルルシフェリンの結晶化に成功しました(Shimomura et al 1957 Bull Chem Soc Japan)。その功績を買われ、下村博士はプリンストン大学に渡米し、ノーベル賞に繋がるオワンクラゲの研究を開始しました。
翌年、羽根田博士らによりキンメモドキが発光魚であることが報告されます(Haneda & Johnson 1958 Proc Natl Acad Sci USA)。そして、羽根田博士は下村博士とともに、キンメモドキのルシフェリンの結晶化に成功しました。その結果キンメモドキのルシフェリンがウミホタルルシフェリンと同一の化合物であることがわかったのです(Haneda et al 1961Proc Natl Acad Sci USA)。当時、それぞれの生き物がそれぞれユニークなルシフェリンを持つと考えられていたので、甲殻類と魚類で同一のルシフェリンが見つかったのは衝撃的な発見でした。2300匹のキンメモドキの胃の中からたった2-3匹のウミホタル が見つかりました。果たして餌から獲得しているのでしょうか?それについてはきちんと証明されていません。その後10年ほど経つと、ホタルイカ(Watasenia)やウミシイタケ(Renilla)で共通のルシフェリン・セレンテラジン(Coelenterazine)が見つかり(Inoue et al 1975 Chem Lett; Hori et al 1977 Proc Natl Acad Sci USA)、次々とセレンテラジンを使う海洋生物が出てきました。オワンクラゲもその一つです。オワンクラゲはセレンテラジンを作ることができず、餌から獲得していることがわかり(Haddock et al 2001 Proc Natl Acad Sci USA)、他の多くの生き物も餌からルシフェリンを獲得しているのだろうと考えられるようになりました。
ルシフェリンについては、多くの知見が積み重なる一方で、キンメモドキのルシフェラーゼについて下村博士らの研究以来目立った研究は行われてきませんでした。今回の私の研究は50年来の謎に迫るものだったのです。
キンメモドキのルシフェラーゼ
キンメモドキのルシフェラーゼを分析したところ、トガリウミホタル のルシフェラーゼと同一のアミノ酸配列であることがわかりました。三大栄養素とも言われるタンパク質は消化器官で分解され、体内に吸収されます。ルシフェラーゼもタンパク質なので食べられてしまえば分解されてしまうはずです。ルシフェリンのような小分子はビタミンCなどと同じような大きさで、分解されずにそのまま吸収されると考えられます。ところが、タンパク質はそれらの数十から数百倍も大きいので、細胞膜を通過することができません。コンビニのドアにピラミッドを突っ込むようなものです。
その生き物が本来持たないような遺伝子を持つ場合、遺伝子の水平伝播が起こっていると考えられます。これは誰かが持っていた遺伝子が別の生き物のゲノムに入りこむ現象です。例えば、葉緑体(シアノバクテリア)の遺伝子が植物本体の核ゲノムに見つかったり、バクテリア同士では割と頻繁に起こる現象です。真核生物通しでの遺伝子水平伝播は非常に珍しいです。マダニが血圧降下ホルモンの遺伝子を脊椎動物から獲得した例くらいしか報告はありません(Iwanaga et al 2014 Nat Comm)。なので、これをきちんと調べたら大発見(ハイインパクトな論文)につながるだろうと期待して、早速、遺伝子解析を行いました。ところが、キンメモドキの発光器で働いている遺伝子や、その他の組織で働いている遺伝子を調べてもルシフェラーゼ遺伝子は見つからず、ゲノムからも見つかりませんでした。
遺伝子を持たないのにタンパク質を持つ。そんなことが起こり得るのでしょうか?キンメモドキが自分で作っていないとしたら、ルシフェラーゼはどこからやって来るのでしょう。そこで私たちは、餌から取り込んでいるかもしれないと考えました。しかし、上でも述べたようにタンパク質は消化されてしまうので、ルシフェラーゼが取り込まれるのはあり得ないと思っていました。しかし、それ以外にキンメモドキがウミホタルのルシフェラーゼを持っている理由が考えられませんでしたので、この仮説を検証しようと考えました。
そこで、これまでと同じように志摩マリンランドさんにお願いしてキンメモドキをいただけないか頼んだところ、ちょうどその年はキンメモドキが全く獲れなくて、研究用に渡せる分はないと言われてしまいました。水族館で展示しているキンメモドキは、その年のものではなく、前年度から飼育しているものでした。そこをどうにか譲ってもらったのですが、あることに気づきました。1年間飼育していたキンメモドキは光らず、ルシフェラーゼを持っていないのです。
この光らないキンメモドキにウミホタルを餌として与えたところ、発光器からルシフェラーゼが検出されました。これは、餌からルシフェラーゼ を取り込んでいるという強力な証拠になります。水族館の飼育員さんに問い合わせたところ、飼育されているキンメモドキは、アジなどの魚の切り身を与えて育てられているそうで、ウミホタルを食べる機会はなかったそうです。つまり、キンメモドキはウミホタル を定期的に食べていないとルシフェラーゼが枯渇して行くことがわかりました。やはり、キンメモドキが自分でルシフェラーゼを作っていないことが示唆されました。以上のことから、キンメモドキはウミホタル から盗んだルシフェラーゼを使っていることがわかりました。
キンメモドキの長期飼育は難しく、長年の経験と高い飼育技術を持つ志摩マリンランドの飼育員さんの努力がなければこの発見はあり得なかったと思います。この研究はScience Advancesに掲載されました(Bessho-Uehara et al 2020 Sci Adv)。
盗タンパク質 kleptoprotein
新しい機能形質(新奇形質)の獲得の研究は進化生物学の中でももっとも面白く難しい分野です。特に光合成能力やクラゲの刺胞細胞のような複合的な要因集まって完成するような形質の進化には、長い歴史をかけて多くの試行錯誤が必要だったでしょう。ところが、一部のウミウシは光合成能力や刺胞細胞を持っています。元々それらを持たないウミウシから進化しているはずなので、歴史的には超短期間で進化したと考えられます。実は、彼らもすでに「他の生き物が完成されたシステムを盗むことで、跳躍的な進化を遂げている」のです。嚢舌目ウミウシのチドリミドリガイPlakobranchusやElysiaは藻類を食べることで、その葉緑体を盗み光合成することができます。この盗葉緑体kleptoplastid (klepto-, 盗む; plastid, 色素体)による光合成だけで、数ヶ月から1年も自給自足できるらしいです。裸鰓目のミノウミウシはクラゲなどの刺胞動物を食べることで刺胞を盗みます。この盗刺胞kleptocnididを武器として使い外敵からの防御に使っているそうです(Goodheart and Bely 2017 Invertebr Biol)。ウミウシの他にも、有櫛動物門クシクラゲ(クラゲと全く別の生き物)のフウセンクラゲモドキや、ヒラムシ、無腸類Acoelomorphaにも盗刺胞を持つものがいます(Goodheart and Bely 2017 Invertebr Biol)。
実は我々も自分で作れないものを食べることで餌から補充しています。ビタミンや必須アミノ酸などがその例ですが、いずれも小分子です。餌から取り込む対象として知られていたのは、こういったそれ以上分解されにくい小分子か、葉緑体や刺胞細胞といった膜に包まれて保護されているものだけでした。
分解されやすいはずのタンパク質を取り込んでいるという点で盗タンパク質は衝撃的な発見です。もちろんキンメモドキは、ルシフェラーゼ以外のほかのタンパク質は消化して取り込んでいます。この取り込みメカニズムについては全くわかっておらず、これからの研究になります。また、盗葉緑体や盗刺胞の取り込みメカニズムについてもほとんど分かっていないので、盗タンパク質の取り込みメカニズムの解明が、これらのメカニズム解明の鍵になるかもしれません。
キンメモドキは2度 世界を驚かした
羽根田博士、下村博士らの研究からキンメモドキが他の生物からルシフェリンを取り込んでいることが見つかり、発光生物界の常識を覆しました。その数十年かけて、食物連鎖によるルシフェリンの受け渡しが徐々に明らかになってきました。
そして今回、私たちの研究から、キンメモドキはルシフェリンだけでなくルシフェラーゼも取り込んでいることが明らかになりました。タンパク質の取り込みという点では、発光生物界だけでなく、生物学全体の常識をひっくり返したことになります。
「役に立つとは思っていなかった」
下村博士がオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein, GFP)を発見し、それが今や生物学には欠かせないイメージングツールとなりました。タンパク質や遺伝子の働きを調べる分野、特に医学研究において、GFPは今や欠かせない分子です。その功績を称えられて2008年にノーベル化学賞を授与された際のインタビューで、GFPの研究が「役に立つとは思っていなかった」と話しています。
盗タンパク質の発見やその取り込み原理の解明も直接的には私たちの生活を豊かにするわけではないでしょう。しかし、今後、なにか別の研究成果と結びつくことで思いもよらない形で社会に貢献するかもしれません。
おわりに
生命現象を純粋な好奇心から研究した成果が、回り回って大きな社会貢献になる例はGFPやゲノム編集など枚挙に暇がありません。国などの公的機関が基礎研究を安定的にサポートする重要性は多くの研究者から説かれています。しかし、経済的なサポートだけで生物学の研究が発展するかというとそうとは言い切れないと思います。
私のようないわゆる非モデル生物(マウスやショウジョウバエなどのような実験室で飼育できないような生き物)の研究者には、生物多様性の保全がとても重要になっています。キンメモドキも年々漁獲量が減っており、あと10年遅ければ盗タンパク質の発見はなかったかもしれません。下村博士が研究したオワンクラゲも同様です。当時はアメリカ・ワシントン州に数十万匹いたオワンクラゲがいまではほとんど見られなくなっています。現に今、私はハダカイワシという深海の発光魚のルシフェラーゼを解明しようとしています。ハダカイワシは深海中深層に豊富な魚なので、研究材料の確保が容易だと考えて研究に着手しました。ところが、ここ5年間で漁獲量が劇的に減り、研究することが非常に困難になっています。特に日本は、海の恩恵を最も受けている国にもかかわらず、海を大切にしていない国のように感じられます。ウナギだけでなく、他の魚も取りすぎでしょう。また、海洋プラスチック問題・マイクロプラスチック問題にも日本は悪い意味で大きく加担しています。海を守ることは、今後50年で最も重要な課題だと思います。
(2021/7/21 誤字などの修正)
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