昨年に総説論文を出していましたので、遅ればせながらその解説記事を書きたいと思います。
その内容とは、
光らない生物がどのように発光能力を獲得するのか? です
生物が自ら光る現象「生物発光」は生命の歴史の中で何度も進化しています。つまり、それまで光らなかった生物が発光能力を獲得するというイベントが、さまざまな生物の系統で独立に何度も起きていることがわかっています。
生物が新しい能力を獲得する進化のプロセスとして、もっとも有名なものに遺伝子に突然変異が生じるものが挙げられます。例えば、ホタルの研究では、光らない甲虫のある遺伝子に突然変異が生じたことにより発光能力が進化したことがわかっています(Yuichi Oba et al. 2005; Fallon et al. 2018)。キリンが長い首を持つのは、さまざまな首の長さのキリンの祖先のうち、より長い首を持つ個体がより多くの葉っぱを食べることができるため生存に有利であり、その結果、長い首を持つキリンが進化したと考えられています。
同様にホタルの場合でも、ホタルの祖先の遺伝子に起きた最初の突然変異では、わずかな光量しか生み出せないような酵素だったかもしれませんが、世代を超えて、自然選択により、より明るい個体が生き残ることで、現在のように明るく光るホタルが進化したのだと考えられています(Y. Oba et al. 2020) .このようないわゆる正統派の進化プロセスは、しばしば研究されており、理解が進んでいます。
生物が新しい機能を獲得する進化のプロセスには、ゲノムに新しい変異を獲得する以外にも、別の方法がいくつか知られています。例えば、遺伝子水平伝播や共生、そして、餌生物による鍵となる物質の獲得などが挙げられます。今年の10月に出版された論文は、そういった、いわゆる別解のような方法で発光能力を獲得した進化の方法、あるいはそのポテンシャルを持つ事例についてまとめた総説論文です(Ramesh and Bessho-Uehara 2021)。https://doi.org/10.1007/s43630-021-00124-9
閲覧専用になりますが、次のリンクから誰でも読むことができます。https://rdcu.be/cAsvv
1 遺伝子水平伝播による発光遺伝子の獲得
病気の治療にしばしば利用される抗生物質は、細菌の増殖を抑える働きがあります。例えば、細菌に細胞壁やタンパク質を作れなくさせるというような生存に必須の代謝プロセスを阻害する抗生物質が特に効果的でよく使われています。こういった薬はバクテリア独自の酵素に結合するため、人体には悪影響がほとんどなく、また、他種の病原菌に使用することができるため、頻繁に使われています。ところが、抗生物質に耐性を持つ細菌も進化するので、人類は新しい抗生物質を発見・発明する必要に迫られるわけです。進化的に面白い点として、新しい抗生物質が病原菌Aを治療する目的で世に流通してから耐性菌A'が出現するまでの時間に比べ、その抗生物質をその後、病原菌Bに使い始めてから耐性菌B'が出現するまでの時間の方が圧倒的に短いという点です。前述のようないわゆる正統派の漸進的進化には時間がかかります。例えば、抗生物質存在下でも本来の生育速度の1万分の1の早さで生存できる”初期の”変異株が現れたとすると、その集団はゆっくりだが他の、そもそも生育できない従来株に対しては圧倒的に有利であり、遺伝子頻度は変異株に置き換わる。その後、抗生物質による選択圧が継続するならば、新しい突然変異により、3倍生育が早い(それでも本来の生育速度の1万分の3の早さ)次世代の変異株が現れると、それが初期の変異株にとって置き換わる。こういったプロセスが繰り返されることで、抗生物質耐性の株が出現するとかんがえられています(Smets and Barkay 2005)。
世代時間が短いバクテリアではこのサイクルが短いので、ある種の抗生物質が世に出てからしばらくすると耐性株が出現すると考えられる。バクテリアは有性生殖しないので、耐性株が広がる速度はそれほど脅威ではないと考えられるが、実際はそうではない。その理由は、他のバクテリアが環境中にある耐性遺伝子を取込むからであり、これが遺伝子水平伝播と呼ばれる。感染症において恐ろしい側面は、遺伝子水平伝播により複数の抗生物質耐性遺伝子が、ある系統に収束することで、例えばメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などで知られるような多剤耐性を持つ株が誕生することである。
遺伝子水平伝播は、病原菌に限らず、バクテリアにおける環境適応のための常套手段だと考えられつつある。抗生物質耐性遺伝子の他にも、青色色素を獲得したグラム陰性細菌の一種Collimonasなどもあるが、もちろん、生物発光に関わる発光バクテリアのLuxオペロン一式を水平伝播により獲得して発光するようになったバクテリアも知られている。Luxオペロンは、ルシフェラーゼをコードするLuxA, LuxB、ルシフェリン合成酵素をコードするLuxC, LuxD, LuxEを主たる構成要素とする。これらの遺伝子一式はAliivibrioやVibrio, Photobacterium属のバクテリアで持つと知られているが、これらのLuxオペロンを起源として、他の"本来光らないはずの”バクテリアにもLuxオペロンが水平伝播していることが知られており、それはその"光らないはず"のバクテリアが発光していることをきっかけとして発見・報告されている(Ast Jennifer C., Urbanczyk Henryk, and Dunlap Paul V. 2007)。
一部のVibrioではLuxA(単体では発光の機能を持たない)のみを持っており、もちろんこれでは発光しない。このような株が見つかるということは、バクテリアがランダムにそこらへんの遺伝子を取込んでいることの裏付けかもしれない、あるいは、そういった例が稀であることは、不要な遺伝子はすぐになくなってしまうことを示唆しているのかもしれません。
2 捕食による発光能力の獲得
2-1. ルシフェリンの獲得
捕食という動物にとって必須の行動は、基本的な活動のためのエネルギーの補給だけでなく、さまざまな特殊能力を獲得する手段の一つでもある。例えば、フラミンゴが異性に対してより魅力的になるために餌からカロテノイドを摂取することでお馴染みの鮮やかなピンク色になる。渡りをするオオカバマダラ(Monarch Butterfly)はエサの植物milkweedから強心作用のある毒を取り込むことで、蝶自身も毒性を獲得します(Petschenka and Agrawal 2015)。発光能力においても、エサ生物からルシフェリン分子を取り込むことで発光する生物はたくさん知られています。
オキアミの仲間も発光することが知られていますが、オキアミルシフェリンの構造はクロロフィルにとてもよく似ています。夜光虫などの渦鞭毛藻類は、クロロフィルを材料にルシフェリンを合成していると考えられており、ルシフェリンとクロロフィルの化学構造はそっくりです(Topalov and Kishi 2001)。オキアミのルシフェリンは、この渦鞭毛藻ルシフェリンと瓜二つの構造をしていることから、オキアミは渦鞭毛藻を食べることでルシフェリン(正確にはルシフェリン前駆体)を供給していると考えられています。
ルシフェリンの一種であるセレンテラジンは、オワンクラゲを初め多くの海洋生物、特に深海生物に利用されている。しかし、それら多くの生物は、セレンテラジンを自力で合成することができず、エサ生物から獲得している。実際に、セレンテラジンが発見されたオワンクラゲは、自力でセレンテラジンを合成できないので、水族館などで飼育されている個体は発光しない(Haddock, Rivers, and Robison 2001)。セレンテラジンを利用する種の中で自力で合成できることがわかっているものはカイアシ類と有櫛動物門のクシクラゲ類だけです(Bessho-Uehara, Huang, et al. 2020)。したがって、刺胞動物のクラゲ類や魚類、クモヒトデなど多くの生物はこれらの生物を捕食することで、セレンテラジンを獲得して発光していると考えられています。
※ちなみに、いくつかの水族館では発光展示としてオワンクラゲの傘の縁が緑色に光っている展示をしているところがある。しかし、実際にはオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)がブラックライトで励起されて蛍光を出しているので、厳密には生物発光の展示ではなく言うなれば蛍光展示です。
もう一つのルシフェリン、ヴァーギュリン(vargulin、あるいはウミホタルルシフェリンとも呼ばれる)は、ウミホタルにより生合成されますが、発光魚のイサリビガマアンコウやキンメモドキはウミホタル類からヴァーギュリンを獲得することで発光します(Thompson et al. 1988)。
ちなみに陸棲の発光生物で、餌からルシフェリンを獲得するというような種は知られていません。
2-2. ルシフェラーゼの獲得
ルシフェリンのような低分子の取り込みはよく知られている現象ですが、タンパク質のような生体高分子を餌から獲得するという例はほとんど知られていません。ところが、発光魚のキンメモドキはウミホタル類を捕食することで、ルシフェリンだけでなくルシフェラーゼタンパク質も獲得し発光に利用することが2020年に報告されています(Bessho-Uehara, Yamamoto, et al. 2020)。タンパク質は消化されやすい物質なので、通常は消化器官でタンパク質の構成成分のアミノ酸まで分解されてしまい、発光活性はもちろん失われてしまいます。ところが、キンメモドキは未知のメカニズムで、ルシフェラーゼを消化せずに発光器へ蓄積して生物発光に利用するという驚くべきことをやっています。この現象は盗タンパク質kleptoproteinとして知られていますが、キンメモドキ以外にkleptoproteinが見つかっている生物はいません。
2-3. 発光個体の獲得???
一部の観察報告では、発光生物として分類されていない生物ですが、発光生物を食べることで光ったというような報告があります。ホタルは赤と黒のドクドクしい体色や発光によって、毒や苦味成分を持つことをアピールしますが、学習する前の個体にはむしろ発光に引き寄せられて食べられてしまいます。その残念な個体のホタルの発光が、捕食者の皮膚を通して透けて見えることが稀に報告されています。トカゲやネコなどの脊椎動物の多くは、まずい味に構わずに飲み込んでしまうと、強心作用のあるホタルの毒(ルシブファジン)によって、運が悪いと死んでしまうこともあります。ヒキガエルの仲間は、ホタルの毒と類似の毒(ブファジノイド)を持つので、ホタルを食べてもその毒が効かないと言われています。そして、捕食されたホタルが消化されてしまうまで、お腹の中から発光が透けて見えることが稀に報告されています。最近その貴重な映像がYouTubeに投稿されていたのでぜひご覧ください。
こういった事例の報告は稀であり、上の例で出てきたホタルを食べてお腹が光るカエルを「発光生物」の仲間に入れるのはおそらく納得できないと思います。僕もそう思います。しかし、こう言った偶発的な行動がたまたま個体の適応度をあげるように働き、さらに偶然が重なって、その行動が次世代に受け継がれていけば、生得的にホタルを食べることで発光するカエルという発光生物が誕生するのかもしれません。あるいは、お腹を光らせるということが適応的に働くニッチに進出した後で、ホタルからルシフェリンやルシフェラーゼを獲得する、もしくはルシフェリンだけ獲得してルシフェラーゼは独自のものを獲得する、などといった進化の道筋があるのかもしれません。
3 共生による発光の獲得
発光バクテリアと共生することで発光する生物もたくさんいます。ホストとなる動物自身はルシフェリンやルシフェラーゼを持たずもちろんそれらを合成する遺伝子も持っていない。しかし、バクテリアを培養するための特別な共生器官を持っており、そこで発光バクテリアを共生させる。これに加えて反射板やシャッターなどを含めた発光器を持つことで効果的に発光を利用している。
海水中には大抵の場合発光バクテリアが見つかるので、これら発光種は環境中にいる自由生活性のバクテリアを取り込むことで、共生器官で培養する。逆に、十分以上に増えたバクテリアは放出されることで新たなホストと共生し、より個体数(菌体数)を増やしていく。
共生発光器官にはいくつかあるが、目を引くチョウチンやまぶたは例外的で、多くは消化管が改変されたものである。つまり、腸内細菌のような、たまたまお腹で増えちゃったわ!というような状況、あるいは、すでにマリンスノーのように増えているものを食べて、腸内が光るようになり、それがたまたま適応的に働いたことで共生発光が進化したのだと考えられる。マリンスノーは、潜水艦のライトで照らされる懸濁物が雪のように見えるのだが、これの実態は生物の糞便であり、その表面にはバクテリアが繁殖している。割合は不明だが、時々マリンスノーの大部分が発光するDeep-sea bioluminescence bloomというのがあるらしい。それを意図して、あるいは意図せずに食べることで、腸内が発光する生物が一時的に誕生する。深海性のプランクトンは多くが透明なので、腸内の発光は体外から見えるだろう(Zarubin et al. 2012)。そういった時に、発光が有利に働けば、共生するように進化する。逆に、不利に働けば、腸内を遮光するようになるだろう。事実、多くの魚は腹腔内膜が黒色色素やグアニンの反射膜で遮光されている。
発光バクテリアの話として面白いのが、もう一つ。陸上に生息するバクテリアにも実は発光種がいてPhotorhabdusという種である。これは、センチュウに感染しているらしいのだが、昆虫の幼虫がこのPhotorhabdusに感染したセンチュウを食べると、幼虫は死んでしまい、その死体を餌に繁殖したバクテリアが光り出すことで、いわば光る共生発光昆虫(死んでる)ができる(Gerrard et al. 2003; Patterson et al. 2015)。(実際には死んでいるので共生とは言えない)
しかし、例えばこのバクテリアがものすごい感染爆発を起こして、昆虫の一部がその耐性を獲得し、発光が適応的に働く機会があれば、遠い将来に共生発光昆虫も誕生するかもしれない。
といった内容が書かれているのが今回の総説になります。かなりふわっとした議論なので、批判もたくさんあるかと思いますが、夢が広がる研究領域だと思います。
発光の獲得・進化って面白いと思いませんか?
References
Ast Jennifer C., Urbanczyk Henryk, and Dunlap Paul V. 2007. “Natural Merodiploidy of the Lux-Rib Operon of Photobacterium Leiognathi from Coastal Waters of Honshu, Japan.” Journal of Bacteriology 189 (17): 6148–58.
Bessho-Uehara, Manabu, Wentao Huang, Wyatt L. Patry, William E. Browne, Jing-Ke Weng, and Steven H. D. Haddock. 2020. “Evidence for de Novo Biosynthesis of the Luminous Substrate Coelenterazine in Ctenophores.” iScience 23 (12): 101859.
Bessho-Uehara, Manabu, Naoyuki Yamamoto, Shuji Shigenobu, Hitoshi Mori, Keiko Kuwata, and Yuichi Oba. 2020. “Kleptoprotein Bioluminescence: Parapriacanthus Fish Obtain Luciferase from Ostracod Prey.” Science Advances 6 (2): eaax4942.
Fallon, Timothy R., Sarah E. Lower, Ching-Ho Chang, Manabu Bessho-Uehara, Gavin J. Martin, Adam J. Bewick, Megan Behringer, et al. 2018. “Firefly Genomes Illuminate Parallel Origins of Bioluminescence in Beetles.” eLife 7 (October). https://doi.org/10.7554/eLife.36495.
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Haddock, S. H., T. J. Rivers, and B. H. Robison. 2001. “Can Coelenterates Make Coelenterazine? Dietary Requirement for Luciferin in Cnidarian Bioluminescence.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 98 (20): 11148–51.
Oba, Y., K. Konishi, D. Yano, H. Shibata, D. Kato, and T. Shirai. 2020. “Resurrecting the Ancient Glow of the Fireflies.” Science Advances 6 (49). https://doi.org/10.1126/sciadv.abc5705.
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Zarubin, Margarita, Shimshon Belkin, Michael Ionescu, and Amatzia Genin. 2012. “Bacterial Bioluminescence as a Lure for Marine Zooplankton and Fish.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 109 (3): 853–57.
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